「再起の手記」

最上と申します。再起のために手記を綴ります。

28日目 今日からもう一度肉体改造を。

今日は本当、久しぶりにしっかり筋トレした。

ダンベルフライを三セット7.5kgで。

ベンチはないので座布団と布団を重ねたもので代用した。

ベンチを買うまではこいつが役に立ってくれる。

というか、買っても置くスペースの問題が出るのでどうしたものか。

 

久しぶりにやったからか、胸部が疲労しているのを感じる。

いやー、やっぱりトレーニングは良いな。

改めて実感した。

しかし筋肥大には栄養が大事なので、食事をしっかり摂り続けないとデカくはならない。

一年目と同じ過ちをおかさないように気をつけたい。

 

今日からもう一度肉体改造を始めていこう。

環境はまだ安定していないが、とりあえず今日から。

せめて、意識だけでも。

 

 

始めるにあたって

週に三回、胸 背中 脚 はやっていきたい。

日に一種目でもいい。

やらないよりはやったほうがプラスになる。マイナスにはならない。

日に二種目できるならやる。

今後二週間くらいできない日が続いてもそんな簡単に筋肉は落ちないとわかった。

筋肉が落ちるのは栄養不足になる期間が多いからだろう。

だからあまり気にする必要はない。気にするなら栄養が足りているかを気にすること。

トレーニングよりも食事で栄養を摂ることの方が肉体改造には大事な要素だということ。

 

今のところはこんなもんか。

 

 

正直、肉体改造をやっても望んだ結果は得られないんじゃないかと勝手に考えている。

でもそれは杞憂だと信じたい。

もし結果が望んでいたものにならなかったのなら、それはまだ途中の結果でしかないのだ。

真剣にやれば知恵が出る。

焦っても意味はない。

確実にいこう。少しずつ。言い聞かせるように。

 

 

今日はここまで、また明日。

 

27日目 今日も一つ。

最近はよく夜中まで寝てしまうことが増えた。

 

この際だからトレーニングを再開させよう。

 

食事はあまり継続的には摂取できないかもしれないが、やらないよりはいい。

 

少しずつやっていこう。せめてマイナスにはならないはずだから。

 

僕はね、バカなんだよ。

 

今日も前に進めますように。

 

常に上がったり下がったりを繰り返す。上手くいく日、いかない日。

それを交互に繰り返しながらの今なのだ。

 

だから責めるのは止すね。

 

今日はここまで。

また明日。

26日目 斜め前に前進した。

今日は朝五時から風呂に入った。

風呂に入り飯を食い、やることを考えた。

 

一つ浮かんだ。

progateでRubyを学んでぼんやり考えているWebサービス作れないかな。

 

早速やってみた。

初めのレッスンの7割を終えた時

「これはまた中途半端になるのでは?」

と思い、一旦やめた。

 

そう、僕が今やりたいのは肉体改造の環境作りなのだ。

今新しいことをやってしまうと何だか手付かずになりそうだ。

 

いや、錆びるなら今燃え尽きたほうがいいのだろうか?

とりあえず、保留にしておくことにした。

 

 

そして九時から十二時まで昼寝をして、昼食をとり

そこから創作をしていた。

友人を紙に描いていたりした。

喜んでくれたのでよかったよかった。

 

夜頃になると夕飯を食べた。そばを食った。

蕎麦は美味い。

 

そして色々と娯楽などを楽しんで今に至る。

 

今日は充実したように思える。

明るい良い方向へ一歩前進した日だった。

 

 

そういえば、学校は現在閉鎖期間らしく、次に開くのは来週の月曜日から。

なので来週から退学手続きを再開することとなった。

何とかなりそうでよかった。

 

僕は、これからどうやって生きていくんだろう。

楽しみにしておこう。

 

 

今日はここまで。

また明日。

 

25日目 色々やりたいから一つ一つ。

完全にブログの更新を忘れていた。

危ない危ない。

Ed sheeraのshape of youを聴きながら書こう。

 

なんか色々始めてみたいと最近は思っている。

肉体改造、プログラミング、創作など。

でも全部に手をつけ始めるとどれも上手くいかないのはわかっているので、まずは肉体改造に専念できるような環境を作る。

 

そのために必要なことをしっかりやっていくしかないんだなと思っている。

 

退学手続き

バイト探し

バイト始める

資金集め

肉体改造

 

これが必要だ。わかっているけれど、僕のことだ。すぐに始められたり、全部が全部上手くいくことはない。

家のことも、現実的なこともあるのだから。

 

それも含めて、ここに記していければなと思う。

 

僕が変わればきっと、何かが変わると信じるしかない。

 

 

 

変われるかな。

 

変わったところで、何も良いことはないんじゃないかとか。

 

そんなことを考えることはあるけれど、きっと長い目でみたらメリットの方が多いから。

 

だから変わるつもりなんだよな。

 

自分が格好良いと思う身体になって、自分をもっと好きになって。

 

大体結果が目に見えて表れるのは三ヶ月。

 

真剣にやれば知恵が出る。だから真剣に。実らなくても、自分で過程は選択できるから。

 

だから肉体改造も、バイトも、プログラミングも、友達も、言葉選びも真剣にやりたいんだ。

 

機会があろうがなかろうが、僕はやりたいんだ。きっと真剣にやればやるほど僕の教養のような何かになると、ここでも信じて。

 

今日も朝が来る。

 

 

 

 

24日目 失敗は無能力を突きつけるモノではない。

今日は朝7時起きた。

そこから瞑想やハムストリングスのストレッチをして、朝食を食べた。

お茶漬けと鶏肉。美味かった。

そして溜まった洗い物と洗濯物を完了させ、P-MODELを聴きバイトを在宅にしようと考えていたりした。

 

今日はお盆休みなので、祖母の家へ行こうと思った。

けれど、自転車が壊れよていることに気づき、今日は断念した。

 

祖母にはよくしてもらっている。

僕が行くだけでも喜んでくれる。

退学のことも言っておきたいし、でも僕は大丈夫とも言いたい。

 

会えなくてじゃなく、会わなくてごめんね。だ。

 

 

Twitterで失敗に関することを見て

「これめちゃくちゃ自分のことだ」と胸に刺さったので忘れないために書いておく。

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これは明らかに僕の思考だった。

 

いや、今まで上手く言語化できていなかった失敗に対する脅威がこの二つのツイートでほぼ解明されることとなった。

 

つまり失敗の原因は、才能の有無ではないと。
失敗の原因は本当に色々ある。
向いていない苦手なことをやっていたからとか
タイミングが合わなかったとか
そもそも選択肢がそれしかなかったとか
本当に千差万別ある。
そこから、僕自身の失敗はなぜ失敗なのか
そこから何かつまみ散ることはできないのか
コントロールできる部分はどこなのかを探すほかない。

 

失敗は「自分に才能、素質がない証拠」ではなく
単にやり方や見方が歪んでいたり
失敗ではないのに失敗だと勘違いしていたり
そういうことも大いにある。
失敗したと思った物事には、何かしら原因がある。
それも一つではない
もし何か失敗だと思ったのであればそう見えた、そう見ているだけで
本当は失敗でも何でもないかもしれない。
「失敗は才能のなさ、自分の無能力さを実感する証拠」
ではなく
「失敗は当事者の見方で失敗にすらうつらない、または失敗の原因に気づけたり、次への対処にもなり得るもの」であると。

 

「失敗」=「才能のなさ、無能さを突きつけられるモノ」
ではない。

これだけは言えるし、この認識は歪んでいる。

仮説としては

「失敗」=「当事者が失敗だと見た、失敗だと見せられていたモノの見方」

だと思う。

 

失敗は単に失敗であって

才能がないから、素質がないから、無能だから自分は失敗したんだ。ということを突きつけるようなモノではない。

その見方であり続ける限りは失敗はきっと辛いだろうなと僕自身とてつもなく思う。

 

この

失敗は自分の無能力さを突きつけるモノ

失敗は才能や有能が決めている。

という見方をまずは辞めないといけない。

でないとずっと失敗した原因を自分に無意味にぶつけることになる。

 

辞めた上で

失敗だと思うことには全て理由がある。様々な理由がある。

 

これの仮説として

失敗には慣れ、かけた時間の長さ、向き不向き、好き嫌い

それらが主な要因で

失敗すると見た場合は

まだ慣れていないか、書けた時間が短いか、向いていない苦手なことをしていたからか、嫌いなことをしていたからか。

この内のどれか、多くは複数組み合わさって失敗になっている。

 

失敗にはちゃんと、それなりの理由、原因がある。

才能や能力のなさで失敗は決まらない。

失敗は「自分の才能、無能力の証拠」ではなく

タイミングやコンデション、向いていない苦手なことをやっているなど、もっと別の要因だから

「自分は無才能、無能力」

だと思い込んでいるだけで

自分をその失敗で責めても何も変わらないんだ。

 

この見方だと少しは失敗が怖くなくなるかもしれない。

 

自分の得意なことをメインにしたほうが絶対に先の未来は良いんだよ。

だってそっちの方が人生長いから。

 

努力したって、報われるほうがきっと稀だと思う。

ある程度のやり方が決まっていない物事だとなおさら稀なのかなと思う。

 

 

まとめ(?)

「失敗は自分の無能の証拠」

ではなく。

失敗はただ失敗したと見ているだけ。

その失敗には小さなことにも大きなことにも才能、能力以外の原因

(見方やタイミング、かけた時間、慣れ、向き不向き)がある。

だから悩んでも自分を責めても良い効果は全くない。と。

 

失敗への恐怖心を減らしていくためにこの見方をしてみよう。

自戒のために。もう怖くないよと言えるために。

才能や能力はその失敗から得られることもあると。

 

見方を変えれば態度と行動もきっと変わってくるはずだから。

そう信じよう。

 

 

今日はここまで。

また明日。

23日目 トレーニングが必要

お昼頃から爆睡をかます。

 

16時に寝て23時に起きる。

昨日は早寝早起きだったけれど、体調はまだ眠いんだろうか。

 

最近になってハムストリングが痛い。

寝ても痛みがひかない。

トレーニングをしていた時はこういうことはなかったように思う。

やはりある程度のトレーニングは必要なのかもしれない。

定期的に腕立て伏せ、スクワットはやっておこうかな。

 

 

 

今になって、様々な局面でどうして僕はこうなのかと考えてしまう。

功罪なのか、と思う。

 

僕は、自分の役に立てているだろうか。

僕は、誰かの役に立てているだろうか。

 

いつか役に立てるだろうか、と。

 

選択した後、僕はちゃんと行動していけるのかと。

 

上手くいくために自分から能動的に働きかけることはできるのかどうか、と。

 

考えても答えはでない。

昨日言ったとおり、僕は良い方向に変わるためにいる。

 

人間の中に内在する

 

動と静

陽と陰

功罪

 

これらが矛盾スレスレで同居したり、折り合いをつけていたりする。

+と−があるから、変わりたいと、切に思う。

 

今日はここまで。

また明日。

22日目 進展した良い感じの話。

現在23時。遊びに呆けていてついつい忘れていた。

 

しかし、そんな遊ぶ呆けていた最中、ここで新たな変化を見つけた。

それは

 

「もうこんな時間だからブログを早く更新しよう」

 

という僕自身の気持ちの変化だった。

 

今現在、僕の生活の中にブログが根付いている証拠だった。

別にブロガーになりたいわけではない。

ただ一つ「自分の毎日の変化の記録をとり、それを自分の生きるためのガソリンに。さらに誰かのガソリンになれば良い」

というそんなような考えで更新を続けている。

格好つけたが

 

「俺は絶対良い方向に変わるからお前らみとけ」

 

ってことだ。

 

いつかを目指して今日も手記を綴る。

 

そして今日は進展があった。

かなり久しぶりに外へ出て、電車に乗り、学校へ向かった。

理由は、退学届を受け取りに行くためだ。

もう早く済ませようと思い、朝から行くことにしたのだ。

 

するとどうだ、学校の正門は閉まっていた。

 

今日は祝日だったらしい。山の日だった。

仕方ないので月曜日にまた出直すつもりだけど、お盆休みに入るのでもしかしたらまた閉まっているかもしれない。

その時はもう、お盆休み明けに行く他ない。

 

先延ばしの弊害は、こういうところで生まれたりするのかと実感した。

 

「退学届をいただけませんか。」を受け付けの人に言うのはかなりはずかしい。

もうめっっっっっっちゃ恥ずかしい。

 

だけども恥はかいておこう。

恥をかきたくない、なんてプライドを僕はちゃんと捨てたほうがいいのだ。

僕が自分で恥ずかしい状況に遭遇しても、それを自分の自尊心へ攻撃させる選択をしなければ、自尊心を投げ捨てずに済むのだから。

 

 

バイトの方も少し好調で

やりたいバイトは在宅で出来るwebライターのバイトを見つけたのでそれに応募したいなと思ってる。

こうして文章を打っているのだし、悪くないかもしれない。

何より、発声のコミュニケーションをメインとしない仕事なところが嬉しい。

もし応募して採用にまでいたることになればいいけれど、その後どうなるかは未知なので、不安もある。

不安 興味 想像 希望 全てを混ぜ込んだ感情の腹の中で

シンプルに一つ、やって行きたい。

 

そして僕の行動論として良い感じなのが

 

「自覚の行動」+「即断即決」+「全体を見ずまずはシンプルに」

 

目的を明確、もしくはぼんやりでもいいので一つ考えて行動に移す。

それを即断即決で決めていく。

行動に移せば思考は行動中のモノに変わる。

シンプルに一つ、「もううだうだやりたくないから」と決めたなら動く。

書くと決めたら書く。

そんなシンプルに。

 

案外そういったタスクは「あ、できそう」と思って唐突にやり始められる状態を作り出すことができれば尚良いと思う。

 

意気込まず、無駄な熱を吐かず、その状態に持って行くために自分の精神ケアとかが重要なのかもしれない。

今日、その状態から学校へ行ったけれど

行動する前の悩みや不安は杞憂だったということにも気づいたりした。

全てが上手くいくわけではない。

けれどこの三つは僕にとって何かとヒントの一つになったような、そんな気がする。

 

 

今日はかなり良い熱量で書くことができた。

今までの記事があったからこその当記事だと言いたい。

今までの記録はこの一歩のためであったと。

 

今日はここまで、また明日。

 

(そういえば今月のPV数が100を超えました。

 皆さんありがとうございます。)